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不快な表現が届くようになったとか制限しろという声が上がるのは現代的な事象みたいに語る人も多いけど、表現史からみたら中世くらいからの「また同じ話してる…」って内容なんだよね。

だから先進的でもなんでもないのに「制限するのが先進的で、これからの時代に必要」というの勘違いがあるにゃんよね。

アート史の「神話以外ヌード禁止」とか現代からしたらめちゃめちゃ野蛮な倫理観だけど、実際は同じ話だよね、現代で語られているのも。

裸婦像や裸婦画の下半身に布をかけた昔の人を笑えないのにゃんよ。

モノを知らん人は語るなという話ではないんだけど、インプットがないと雑論考しか出てこないし、自分が野蛮であることに気づけないというのは人類史あるあるなのにゃん

って武蔵小山の商店街から少し入ったところにいたねこが言ってました。雨に濡れながら。

表現史にそこまで詳しいわけではないが詳しい人と話ながら学びを深めていきたいにゃんね。

圧政下の表現規制とかね。

インターネットの時代になっても別に「何でも表現していい」になったわけではなく、法律もあまり大きく変わってない(DMCA、デジタルミレニアム著作権法くらいかな)。

表現の倫理はインターネットやテクノロジーが大きく変えるわけではないので。

ここらへん割と誤解されがち。

広告規制はまた色々あって面白いけどね(面白がることでもないが)

為政者じゃなく大衆が「規制せよ」っていうのも過去にはあったんだろうけど、現代だと大衆の声が大きく強く見えるから「歴史に学ぼうぜ」とか言っても通じにくくて意外と大変よねという話。

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